千歳の空港は、100年前の10月22日に始まった。式典と、これまでの歴史
2026年10月22日、千歳の空港は100年を迎えました。千歳市では、この日に記念式典が開かれました。この記事では、式典の様子と、100年前から今までの歴史を、年表にそってまとめます。2026年10月23日時点の内容です。
10月22日

北海道新聞によると、式典は千歳市民文化センター(北ガス文化ホール)で開かれ、航空関係者や市民が節目を祝いました。NHKは、会場に1000人を超える人が集まったと伝えています。式典では、千歳市観光大使に就任した、ヤマザキマリさんの朗読もありました。
同じ日、新千歳空港では、航空各社の社員が横断幕を持って、出発する飛行機を見送りました。
式典の記念講演には、風間俊介さんの登壇が予定されていました。式次第は、記念事業のホームページで公開されています。
何が100年なのか
100年前に始まったのは、今の新千歳空港そのものではありません。1926年(大正15年)の10月22日に、千歳村の人たちが造った着陸場に、小樽新聞社(今の北海道新聞社の前身)の飛行機「北海」第一号が初めて降りた日です。市は、これを空港の始まりとしています。NHKも、本文では「着陸場の完成から100年」と書いています。
- 1926年10月22日千歳村の人たちが造った着陸場に、「北海」第一号が初めて着陸
- 1939年海軍の航空隊基地が開設される
- 1945年10月米軍が飛行場を接収する
- 1951年民間航空が再開する
- 1959年7月20日米軍から返還される
- 1963年4月1日鉄筋コンクリートのターミナルビルの供用が始まる
- 1980年国鉄の千歳空港駅が開業する
- 1981年3月23日ホノルル線が就航し、初めての国際定期便になる
- 1988年7月20日新千歳空港が開港。24時間運用、滑走路は3000メートル
- 1992年7月新しいターミナルビルと、新千歳空港駅が開業する
- 1996年2本目の滑走路ができる
- 2018年9月6日北海道胆振東部地震。新千歳空港は震度6弱
- 2019年旅客数が2459万人で、開港以来の最高になる
- 2020年6月1日北海道エアポートが、空港の運営を始める
- 2022年7月17日国際定期便が、2年4カ月ぶりに再開する
- 2025年度旅客数が2601万人になり、2年連続で過去最多
- 2026年10月22日100年を迎える
村の人たちが造った着陸場

北海道新聞によると、着陸場を造ったのは千歳村の人たちです。100人を超える人が、丸2日がかりで、手作業で整えました。滑走路の長さは、約200メートルでした。村の人たちは、評判の飛行機を間近で見ようと集まったと、当時の小樽新聞が翌日の紙面で伝えています。
翌年にも飛行機が飛んでくるようになり、ちゃんとした飛行場がほしいという声が高まっていきました。
「北海」第一号は、銀色の複葉機でした。民間での呼び名は「三菱式R、二、二型」だったことが、有志の団体の調査で分かったと、2025年8月に報じられています。式典の前の10月には、有志の団体が、この飛行機の原寸大の模型を展示して、着陸の日を再現するイベントも開きました。
軍の飛行場へ
1930年代に、千歳村は陸軍の飛行場を誘致しようと、飛行場を広げました。陸軍の誘致は実現しませんでしたが、1939年に、海軍の航空隊基地が開かれました。北海道新聞は、基地の開設の前後7年間で、人口が約2倍の約1万4千人になったと伝えています。
終戦後の1945年10月に、米軍が飛行場を接収しました。
接収から、民間の空港へ

1951年に、民間航空が再開しました。再開の日は、資料によって10月23日と26日に分かれています。米軍は1957年に三沢へ移り、1959年7月20日に飛行場は返還されました。1962年の元日からは、管制が自衛隊に移っています。
ジェット機の時代も、ここから始まります。1961年に日本航空が国内線にジェット機を就航させ、1963年4月1日には、新しいターミナルビルの供用が始まりました。1981年3月23日には、ホノルル線が、初めての国際定期便になりました。
- 1967年:旅客数が約100万人
- 1974年:400万人
- 1979年:765万人
- 1990年:1323万人
旅客が増え、手狭になった空港の隣に、新しい空港を造る計画が進みました。1971年に建設地が東側に決まり、1973年9月12日に基本計画ができ、1975年11月に起工しています。
新千歳空港の開港

新千歳空港は、1988年7月20日に開港しました。24時間運用で、滑走路は長さ3000メートル、幅60メートルです。開港のときは、滑走路1本と、旧ターミナルを使いました。2本目の滑走路ができたのは、1996年です。
1992年7月には、新しいターミナルビルが開業し、新千歳空港駅もできました。それまでの「千歳空港駅」は、「南千歳駅」に名前が変わっています。
大きくなった空港
- 2015年:2046万人(暦年)
- 2018年:2331万人(暦年)
- 2019年:2460万人(暦年)。1988〜2019年の最高
2018年9月6日の北海道胆振東部地震では、新千歳空港は震度6弱で、停電しました。国内線のターミナルは9月7日に、国際線のターミナルは9月8日に再開しました。国際線ターミナルは、天井などが大きく壊れたと報じられています。
コロナと、その後
2020年6月1日から、北海道の7空港を、北海道エアポート株式会社がまとめて運営しています。その直後からは、新型コロナの影響で、国際線が長く止まりました。最後の国際定期便は、2020年3月25日のホノルル線でした。
国際線は、2022年7月17日に、大韓航空の仁川線が再開して、動き始めました。国際定期便としては、2年4カ月ぶりでした。初便の乗客は56人でした。
2025年度の旅客数は2601万5370人で、前の年度より4.8%増えました。2年連続の過去最多です。
今の空港
今、新千歳空港では、国内線ビルと国際線ビルをつなぐ連絡施設の、3階の商業施設を改装しています。期間は、2026年9月2日から2027年6月末までの予定で、この間は、3階を通って両方のビルを行き来することができません。
空港のまち、千歳
千歳市の人口は、2026年10月1日現在、9万7380人(5万3674世帯)です。空港のある市で、近くにはラピダスの工場もあります。ラピダスの進出で、空港の利用も増えると見られていて、JRの札幌と新千歳空港の間の輸送力が、限界に近いとも報じられています。
2026年4月からは、千歳市の中心部、千歳駅、長都駅、ラピダスの工場、新千歳空港を結ぶ路線バスが走っています。科技大の学生にとっても、新しい足になると報じられました。くわしくは、美々空港線の記事に書きました。
100年の記念事業
100年にあわせて、一年を通して、さまざまな行事がありました。
- 5月:航空自衛隊の北部航空音楽隊による記念コンサート。約800人
- 9月:JR千歳駅の周辺で、市民パレード
- 9月18日:新千歳空港の国内線ターミナルで、プロレス興行。席は完売
- 10月3日・4日:千歳市民ミュージカル。市民100人を超える出演
- 10月18日:有志の団体による、着陸日の再現イベント。「北海」第一号の原寸大の模型を展示
- 10月22日:記念式典と、航空各社の合同のお見送り
市は、記念事業のキャッチフレーズを、「空港があることの誇り」を次の100年へ、としています。市長のメッセージには、先人の偉業を誇りにして、「スピリット・オブ・チトセ」を受け継ぐという言葉があります。
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